前橋地方裁判所 昭和25年(ヨ)22号 判決
申請人 富士産業株式会社
被申請人 東海林重吉 外十二名
一、主 文
本件仮処分申請は之を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
二、申請の趣旨
申請人訴訟代理人は申請の趣旨として、被申請人等は仮りに申請人会社岩手工場木崎分工場の従業員でないことの地位を定める。被申請人等は群馬県新田郡宝泉村大字下田島一、四九〇番地所在の申請人会社岩手工場木崎分工場敷地四、九二一坪及び同敷地内の建物八棟建坪一、四九五坪の工作物内(但しこの内に存する富士産業株式会社岩手工場木崎分工場労働組合事務所及び同事務所への通路を除く)に立入り、その他申請人会社業務の妨害をしてはならない。申請人会社の委任する前橋地方裁判所執行吏は右立入及び妨害の禁止を前記分工場に公示し且つこれに違反することある場合はその排除のために必要な措置をとらなければならない。との判決を求めると申し立てた。
三、事 実
申請代理人は、申請人会社は車輛、木工品等を製造する資本金五千万円の制限会社であつて、法令によつて特別経理会社となり更に企業再建整備法に従つて整備計画を立案し法令の定める期間内に主務大臣の認可を申請しなければならないのである、それで申請人会社はその経営する十数工場を右の整備計画で各独立した第二会社として設立し申請人会社はその後解散することに予定されている、而して被申請人等が解雇された木崎工場は富士産業株式会社岩手工場木崎分工場と称して、群馬県新田郡宝泉村大字下田島一、四九〇番地に所在し木工製材業を営み、申請人会社の他の工場と同様昭和二十三年八月以降独立採算制を実施し且つその経営一切は工場長及び工場幹部の主宰に一任せられていて、その経営者側要員は工場長福島銀一郎、工場次長細井寿太郎、生産課長柴野梅作、業務課長小暮勝彦、企画課長荒木昌勝、業務課次長片倉徳三の六名であつて、工場長福島銀一郎は昭和二十五年三月二十日から呼吸器疾患のため病臥し同日以降は同工場長の命によつて工場次長細井寿太郎が同分工場に関する事務一切を工場長に代り掌理している。本工場の従業員は百十名であつて、この従業員は富士産業株式会社岩手工場木崎分工場労働組合(以下組合と略称する)を組織し、被申請人光山幸雄は昭和二十五年三月三十一日までその組合長であつた、申請人会社では各工場の課長以上の人事は本社がその任免を管掌しているが、それ以外の従業員については各工場長が採用又は解雇できることになつており、他方右組合と分工場長側とは昭和二十四年二月一日から労働協約を締結した。申請人会社は昭和二十五年三月になつてから打ち続く赤字と金融難のため経営が不可能となり、その欠損は合計金九百三十八万八千円となり爾後操業を継続して行くがための資金融通は全く阻塞し、経営の縮少と人員の整理は不可避となつた、而して前記の労働協約には「組合は人事任免の協議にも参加する」と規定されているので、分工場長代理細井寿太郎は同年三月十日組合側に工場再建案を提示審議するためにこれと経営協議会を持つた、この再建案は工場長及び工場幹部の熟議立案にかかるものであつて、その内容は立案直後岩手工場長松田敏夫及び申請人会社々長の承認を得たものである、本件分工場では工場側と従業員との間に昭和二十三年六月一日から経営懇談会々則があつたけれどもこれは翌二十四年二月十日前記労働協約の締結によつて廃止され、その後は経営協議会に関する定めは存しなかつたので細井工場長代理は只事実上協議の方式をこれに倣つて行つたのであるが、右工場側の再建案は整理人員を最少限度に止どめたものであるが約四十名の減員を余儀なくするもので、これによつて経費の節減、事務の簡素化、配置転換、その他と併せ操業を継続し金融機関からの融資を得んとするものであつて、経営協議会に於いて細井工場長代理以下がるゝその已むなき事由を説明したのであつた。組合側はこれに対し翌三月十一日組合大会を開いてこの再建案を議したが、この案の内容の可否を問わずに人員整理について丈け議決し票決の結果は六六対二八の差で右再建案は否決された。然し翌々十三日の経営協議会で工場側は更に経理の一切を開示して人員整理を計画通り行なわなくては前途忽ち工場閉鎖の外なき状況を詳細説明したので、組合もその窮境を既に知つているところから人員整理は希望退職としてこれを募ることに一致し、十四日の組合大会でも組合は希望退職案に賛成し、同日の経営協議会はこれに基づいて、同月二十日締切で希望者を募ることとし希望者が計画数の四十名に満たない場合の措置は右締切の後に改めて協議することとなつた。此の間に三月十七日組合員百十名の内四十四名は工場側再建案に同意して組合を脱退した上富士産業株式会社岩手工場木崎分工場従業員組合(以下第二組合と略称する。)を結成し、更に同月二十日組合から七名が脱退して第二組合に所属した、かくして右希望退職申出締切日である三月二十日までに退職の希望を申し出た者は組合側から十九名、第二組合側から三名計二十二名であつたので計画数に満たない整理人員について三月二十日再度経営協議会を持つたのであるが、組合はこの時組合側の要求書を提示した、この案は工場の経理を全く無視した利己的のもので再建を不能ならしめるに過ぎないものであつたけれども工場側は右組合側の案を審議するため三月二十二日更に経営協議会を開いたが、これより先組合側では工場の窮状を熟知しながら三月分給料から千二百円の賃上げによる保障ベース一ケ月金五千円の要求を提示し、二十二日の経営協議会では右賃上げ要求を含む組合側再建案を提示した、然しこの案は何れの点からしても工場側の応じ得ないものであつたので当初の工場側再建案によるの外ないことを再三再四説明し、引続き二十三、四の両日も会議を続行して組合側案を審議し、結局二十五日に至り工場側は組合案によつて融資が得られるか怎うかを銀行に問い合せ、又組合側は工場側案を再検討することとなつた、然しその後工場側は組合案によつては融資を得られない事を融資銀行から申し渡されるに至り、工場側は組合に対して出来るだけの途を尽くして円満解決を計かつたけれども三月二十七日に至つても妥結に至らず、同日経営協議会は組合側の意思によつて続行すること不可能となり両者は決裂した、組合は翌三月二十八日団体交渉の申し入れをして来たけれども同じ様な経過を繰り返えしているのでは時日が長引き経理は逼迫して工場は破滅するより外はないので之に応じ得ない旨を囘答し、既に従業員の解雇について組合との意思の合致に努力を続けた結果その合致が得られなかつたのであるから、この場合に於ける人事の決定は工場側の経営権に属し、整理者の人選については人事の秘密に属し工場側の専行に帰属するものとして具体的選定に着手した、この選定の基礎は考課表によつたのであるが、考課表の作成は三月十日前に作成され極秘にされていたもので、その採点項目は(一)技能、(二)勤怠、(三)工場秩序保持、(四)欠勤(五)早退遅刻、(六)長期欠勤、(七)配置転換、(八)協調性の有無の八とし各項満点を十点と定め、工場の模範工である小林真三を満点の標準としこれに較べて普通程度のものを八点、これ以下を順次採点した上、解雇者の決定は整理人員数に満ちるまで点数最少のものから順次整理該当者としたところ、被申請人等十三名及び外七名計二十名の組合所属員が整理該当者と決定した、それで細井工場長代理は三月二十八日被申請人等を含む之等二十名に対して、三月三十一日限り解雇する旨及び予告手当として平均月収の一ケ月分及び一般退職手当として申請人会社内規による平均月収の二ケ月分の合計額を退職金として支払う旨並に若し同日までに退職願を提出した場合には依願退職として右の外に一人当り金三千円の特別手当を支払う旨を通告し、この通告は被申請人掛川、同新井に対しては同月三十日に、其他の被申請人に対しては同月二十九日にそれぞれ到達した、この通告に対して被申請人以外の七名は三月三十一日までに自発的に退職願を提出したけれども、被申請人等十三名は同日までに退職願を提出しなかつたので通告の趣旨に従がい整理退職者となつたのであるが、被申請人等はいづれも三月三十一日右の通告を拒否し通告書を申請人会社へ返戻して受領を拒んだ、申請人会社では本工場出納係が被申請人等に対する右予告手当及一般退職手当支払の準備をしていたけれども被申請人等は受領に来なかつたばかりでなく、その後後記のような解雇撤囘を強要するに至り之を受領する見込がなくなつたので、申請人会社は四月十八日被申請人等に対する予告手当及び一般退職手当の合計額をそれぞれ前橋法務局太田支局へ弁済供託した。右通告の末日である三月三十一日の午後二時頃本分工場は作業中であつたが、被申請人光山幸雄は他の被申請人等を伴ない且つ応援の本工場外の労働組合員約百名を工場に誘引し、拡声機を用いて放送して作業を妨害した上更に富士労連群馬地区闘争委員会代表と称する加藤正顕、太田地区労働組合会議々長と称する草柳益雄等外六十名余と共に工場側職員細井工場長代理、荒木企画課長、小暮業務課長を工場内二階会議室又は階下事務室に鑵詰にして、食事を与えず、顏面を水で洗う等言語に絶する暴行を加え、翌四月一日正午近くまで同所に不法監禁し家族に害を加えるような言辞を以て脅迫した上、細井工場長代理をして強いて「首切り通知は撤囘する」等の確認書なるものを作成させた、然しこれについては四月三日工場長代理細井寿太郎は右確認書の名宛人である被申請人光山幸雄及び加藤正顕、草柳益雄に対し、強迫によるものであるとの理由でそれぞれ取消の通告をし、この通告の書面はいづれも同月五日その名宛人へ到達した。工場側としては再たび右のような強暴の惹起されることを虞れ四月三日から工場を休業し四月十一日作業を再開したが、被解雇者である被申請人等の入門は禁止しているにも拘わらず腕力で入門し職場に侵入の上作業中の従業員と口論し、且つ自主的に作業すると放言して作業を為し、申請人会社の業務遂行を全く妨害している、申請人会社は被申請人等に対する右の解雇の確認訴訟を提起しようとしているのであるが、工場の経理上の窮境と叙上の組合側の暴状に徴して、今のうちに申請趣旨のような仮処分を受けなければ申請人会社の損害は著しく、急迫した強暴も避けるに由がない事態なので已むなく本申請に及んだ次第である。と述べ被申請人等の抗弁に対し、本件解雇が不当労働行為又は労働協約違反の行為であるとの点は否認する。(一)柴野生産課長宅で酒宴を催したことは争わないが、右は同課長が居宅の引越をしたのでその移転祝をしたのであつた、(二)組合の申し入れた団体交渉に応じなかつたのは、それ以前に連日同一問題について経営協議会を催して来て然も組合は同じ理由を固執して工場再建案を葬り去らうとし誠実にこれを検討せず最後に組合は同一問題についてこれ以上審議しないことを言明した直後であつて、且つ右協議会は名は協議会であるが実質上は団体交渉と異ならず組合長である被申請人光山、副組合長である被申請人東海林、書記長である申請外の石井、執行委員である被申請人小林、新井及び執行委員である申請外の斎藤利雄、長谷川塞治等組合員の多数が参加したのであるから全くの引延し策でしかない、それ故に工場側はこれに対し拒絶の囘答をしたのである。(三)本件労働協約中の組合の人事任免について組合が協議に参加するとの定めの趣旨は、組合の同意を得なければ人事の任免ができないとの意ではなく可及的に組合の意向を斟酌し、解雇の場合には整理人員数と整理条件等を協議すれば足りる趣旨であつて、このことは組合の同意を要する旨の立言がないのに徴しても明きらかである。工場側は人事に関し両者意思の合致に努めるのにあるが、合致を得ない場合の決定は工場側の経営権に属するのである。(四)申請人会社で各従業員について被申請人主張のような裁率表が作成されていたことは争わないが、右は請負賃金査定の資料として一定基準の下に毎月作成されていたものであり、本件解雇の資料とした考課表は右の基準の外従来の成績を勧考する等他の項目を加え採点した結果によるものであつて何等悪意に偏したものではなく、前記経営協議会に参加した組合員中書記長石井一雄、執行委員斎藤利雄及び三月十七日まで組合員であつた前執行委員長谷川塞治は解雇されていない、又第二組合所属の従業員について解雇者がなかつたのは、同組合員中二、三の者は整理の対象になつたのであるが結局これ等の者は希望退職者となつたため解雇者に入らなかつたのである、只本件工場のように従業員百何名の少数者の内四十名の整理人員を出す場合に当り十一名の組合役員が含まれる結果となることは已むを得ないことである。
本件分工場では群馬県地方労働委員会の命令により被申請人の主張する九名の被申請人について昭和二十五年七月一日から職場に復帰させていることは争わないが、之は右裁定によつて一時的に復帰せしめたのであつて、申請人会社は中央労働委員会に対し再審査の申立をした。又増田等四名の被申請人は其後も工場長の意に反し本件工場内へ立入つているけれども作業の妨害は受けていない、申請人会社としては申請趣旨第一項のような仮りの地位を定める仮処分を得なければ今後継続して多額の給料支払を要することとなるのである。と述べた。(疎明省略)
被申請人等代理人は、主文第一項と同趣旨の判決を求めると申し立て、申請理由についての答弁として本件分工場長に経営に関する一切の権限を一任せられていること被申請人等の属する組合が非自主的組合であること、欠損額が九百三十八万八千円であること、申請人会社提示の再建案が岩手工場長及び申請人会社々長の承認を得たものであること、経営懇談会々則が廃止となつたこと、組合大会に於ける再建案についての議決が案の内容の可否を問わず人員整理について丈け行われたとのこと、三月二十日までに希望退職申出をした従業員は第二組合から三名あつたこと、経営協議会の決裂が組合側で無理な再建案を提出しこれを固執したためであつたこと、労働協約中人事任免について組合が協議に参加するとの規定の意味が申請人主張のような趣旨であること、考課表記載の採点数、被申請人等が三月三十一日限り退職者となつたこと、予告手当、一般退職手当について現実の提供のあつたこと及び提供を拒絶したこと、被申請人光山幸雄、同小林喜市、同貫井清、同新井玄要、同掛川茂次郎、同野口操、同馬場恂三郎の七名についての予告手当、一般退職手当の基準となる平均月収が申請人会社主張の額であること、三月三十一日に組合外の者を工場内へ誘引して作業を妨害したこと細井工場次長の首切り通知撤囘が被申請人等の暴行脅迫によるものであること、四月十一日作業再開後に被申請人等が申請人会社の業務の遂行を妨害したこと、及び本件仮処分の必要性等については熟れも否認する、木崎分工場長には同分工場での事務丈けが委託せられているに過ぎない、本組合は従業員の請負制度による請負賃金中から組合専従者の給料を支払つているのであつて組合運営のための経理について使用者の援助を受けていない、経営協議会が決裂したのは人員整理については希望退職の申出をした者丈けに止めるかどうかの点について双方の意見が一致しなかつた為めである、工場次長細井寿太郎が首切り通告を撤囘したのは労働争議中に於ける労働者の正当なる団体交渉権の行使によつて使用者が労働者の要求を容れたものに外ならないからこの通告撤囘の意思表示の取消は無効である、予告手当及び一般退職手当については申請人会社から被申請人等に対し提供する旨の申し出があつた丈けであり、被申請人等はこの申し出を拒絶したに過ぎない、被申請人光山幸雄外六名については申請人会社から通勤費を支給せられているが供託金額にはこの通勤費が加算せられていない、四月三日からの休業は申請人会社の自発的意思によるものである。右以外の申請理由は争わない。
本件解雇は次の諸点からして申請人会社の不当労働行為又は労働協約違反の行為である、即ち(一)本工場に結成された第二組合なるものは、申請人会社が自主的な労働組合を抑圧しその運営を支配しこれに介入し特に経営難を口実に組合員の自主的活動分子を組合から追放し組合を御用化するために使用者によつて育成されたもので、労働組合法第七条第一項第三号に該当する使用者の不当労働行為である、申請人会社は昭和二十四年十月中太田市北裏柴野生産課長宅に組合員で職場の係長をしている深田健吾、原島作雄、諏訪耕平、小島昌一、黒川議平等を招致して酒宴を催し着々首切り準備を進め、昭和二十五年三月になり人員整理問題につき組合の自主的活動分子たる被申請人等と申請人会社との間に主張の不一致が予見されるや三月十七日右深田健吾を組合長、原島作雄を組合書記長とする第二組合を結成させることに成功し、右第二組合幹部には解雇者の氏名を予め知らせ組合を脱退しない者は解雇されると組合員を脅迫して争議の切崩しを策し、申請人会社及び御用組合の意に反して組合に残留した自主的組合員三十五名中本件被申請人十三名と他に七名計二十名の者を強制的に解雇せんとしたのである。(二)申請人会社は三月二十八日工場長名で三月三十一日限り解雇する旨通告して来たが、被申請人等は経営懇談会丈けで一方的に申請人会社に話を打切られて又解雇通告を受けるのは理由がわからないから団体交渉を開く様申し入れをしたが、申請人会社は話はこれ以上する必要はない、いくらしても無駄だ、と云つて被申請人等の団体交渉の申し入れを正当な理由なく拒否した。(三)申請人会社は組合との間に締結された労働協約中に規定されている人事任免の条項に違反し本件解雇を行なつたものである、本件労働協約は労働条件は使用者と労働者が対等の立場に於て決定すべきものであること、組合員の人事の基本的事項、並に大量採用、大量解雇、休職等雇傭関係に変化を及ぼす一切の事業上の変化に関しては両者対等の立場に於て懇談協議し労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つ権利あることを確認したもので、使用者は正当な理由なくしては一方的に労働者を解雇せず又解雇し得ざることを協約したものである、(四)被申請人東海林重吉、同光山幸雄、同小林喜市、同貫井清、同新井玄要、同松本作次郎、同掛川茂治郎、同高山茂安、同増田朝利、同今井浩二、同馬場恂三郎等はいづれも昭和二十四年二月初旬以来職場委員、執行委員、闘争委員等の組合幹部として、賃金遅払の解消、賃金ベースの引上、越年資金の獲得、賃金最低保証給引下げ反対、融資獲得等組合の正当なる活動を積極的に行なつて来た者で、今囘の人員整理に際しても組合の御用化に反対して来ていて使用者とその主張が一致しなかつた為に解雇の通告を受けたものであつて、その考課表なるものは解雇を合理化するため故意に被申請人等の点数を低下して作成されたものである、即ち申請人会社が昭和二十三年十月以降従業員の(1)仕事の巧みさ、(2)仕事の早さ、(3)勤勉度、(4)規則、(5)協調性の五項目について各項二点、十点満点の成績裁定を行なつて来たものによると、昭和二十三年十月から昭和二十五年二月までの間の右裁率は被申請人等についていづれも優秀な成績を示しているのである。
仮処分の必要性については、本件争議に関し被申請人等は群馬県地方労働委員会へ提訴した結果、昭和二十五年六月三十日附を以て同委員会から被申請人高山、増田、野口、馬場を除く九名の被申請人等については申請人会社に対し解雇通告を取消し原状に復帰せしむべき旨の命令が下され、翌七月一日よりは右九名の被申請人等は同工場長発行の従業員証によつて本件工場へ出勤し工場長承認の下に就労しているのであつて、何等その意に反し工場へ立入つているのではない、又右被申請人高山茂安等四名は組合事務所へ出入するに止まり現在工場内へは立入つて居らぬのであるから、申請人会社としては現在の状況で権利の実行が不能でも、著しく困難でもないし継続する権利関係について著しい損害又は急迫なる強暴を受ける虞もない、被申請人等は極めて冷静なる態度を持し誠意ある自主的交渉により早急に争議を解決せんとしているものであつて本件仮処分申請は理由がないものである、と述べた。(疎明省略)
四、理 由
先づ本件仮処分の必要性について考えるのに、申請趣旨第二項の工場及び敷地への立入禁止と業務の妨害禁止を求める仮処分については、申請人会社は本件申請後昭和二十五年六月三十日群馬県地方労働委員会の命令に服し、被申請人東海林重吉、同光山幸雄、同小野徳次郎、同小林喜市、同貫井清、同新井玄要、同松本作次郎、同掛川茂次郎、同今井浩二の九名を翌七月一日から進んで原状に復帰させていると云うのであるから、このような現状に於ては、右被申請人等が申請人会社の意に反して工場又は敷地内に立入つているとの理由の下にその立入禁止及び業務の妨害禁止を求めるのは、仮処分の必要がなくなつたものと云わなければならない、申請人会社は右裁定に対しては中央労働委員会へ再審査の申立をしていると主張するけれども、行政処分はこれが取り消されない限り有効であるから、再審査申立の事実によつて右認定が左右せられるものとは為し得ない。又被申請人高山茂安、同増田朝利、同野口操、同馬場恂三郎の四名については同被申請人等は、現在本件工場及び敷地内に立入つてはいないと答弁し、申請人会社も亦現在業務の妨害を受けていないことを自認しているのであるが、疎明によると右被申請人四名は組合の事務所に出入の際時たま工場内に姿を見せることがある事実は認められるけれども、争議行為として申請人会社の業務の妨害を来たす程度の立入りをし又は将来立入つて業務の妨害をする虞あるものと認められる疎明は未だ存在しないから右被申請人四名についての、工場及び敷地内への立入禁止並びに業務の妨害禁止については仮処分の必要がないものと認める。次に申請趣旨第一項の仮りの地位を定めることの仮処分については、右のように被申請人等に対する立入又は業務妨害禁止の必要が認められないとすると、このような仮りの地位を定める仮処分の必要性は、専ら使用者としての申請人会社が本案判決確定までの間従業員としての被申請人等に対して賃金の支払を要する点に存すると、申請人会社は主張するけれども、右東海林重吉等九名の被申請人については、既に右のように申請人会社が進んで工場へ復帰させ就労している以上これに賃金を支払うのは当然であり、又高山茂安等四名の被申請人については申請人会社は自らその申請理由として、同被申請人等に対する解雇は有効であると主張しているのであるから、このような解雇後の賃金支払の点丈けを憂慮して使用者から従業員でないことの仮りの地位を定める仮処分を求めることは、その必要がないものと云わなければならない。それで申請人会社の本件仮処分申請はいづれも右の点で既にその理由がないからこれを却下することとし、申請費用の負担については民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のように判決をする。
(裁判官 毛利恒夫)